ブログ書こう書こうと周りに言って自分が書かないんじゃアレなので、理由と合わせて書く。
どうしてブログを書くのか。一言では答えられない、なかなか難しい問題だ。始めたのは高校一年生の春。「ブログ」なんて言葉はまだ無かった。サイト作りの一環で、内容から見せ方まで試行錯誤していた。人様により喜んでもらえるよう、推敲と修正・加筆を重ねることを基本とし、いつしか、まとまった思考を、整えられた文章でしか公開できないようになった。自ずと、学業や仕事の忙しいときには更新が滞った。
しかし、忙しいときこそ、考えがまとまらないときこそ、内側に溜めず吐き出すべきだと思っている。分からないときは分からないと、そのままにぐしゃぐしゃに叫ぶ。楽しいときは楽しいと、飾らず吐露する。そうしないと、自分が何に対して喜び、怒り、哀しみ、楽しむのか、「心」を「亡」くし、自分や他人の気持ちが、判らなくなってくる。
俺は独りで生きてはいない。ましてや役者なんて名乗り、人に人の感情を伝えるなんて大それた事を生業にしようとしている。しているのか? まあいい。ここでは深く突っ込まない。とにかく、感情を表現できてなんぼだ。観客は観たこと感じたことを言語化できなくても構わないが、役者側は意識的に何かを発せられないとならない。「なんとなく」や「なんでもいい」じゃすまない。自分の気持ちに敏感であり、他人の気持ちに真摯であり、表現に貪欲でなければならない。
あなたが何を考えるのか、興味があるんだ。
それを知ったときに俺は何を考えるのか、何をするのか、できるのか、できないのか、興味があるんだ。
だからブログを書くんだ。
……さあこれはまとまったのか? 案の定微妙になってきたぞ。でもいいんだ。今これを書きたいと思ったから書く。まとめるのはこの後ゆっくりでいい。答えを出すのはずっと後でいい。今の俺は今の俺でしかなく、今書く文章は今しか書けない文章なのだから。
で。最近は学生時分のようにまとめてどっしりとした文章を書くことに疲れ、代わりに思ったその場で短くつぶやくように書けて「ミニブログ」なんて呼ばれる『Twitter』を日頃の表現の場としている。
発言の内容もタイミングもばらっばらだけれど、それはその時俺が書きたいと思ったことであり、打算や葛藤の末に出たものだ。それをどう捉えるかは他人任せ。繰り返すが、俺は俺でしかなく、同じく他人もその人でしかない。俺ができることは自分や他人をなるべく理解し、何かしようとすることだけで、その結果どうなるかはわからない。でも、それだけはずっと続けたい。
ちなみに11月に同じサークルメンバーの吉田まほ子も出演する舞台『飯縄おろし』に纏わるつぶやきは http://twitter.com/#search?q=%23ProM200911 を見られたし。現時点ではまだ大したこと書いていないけど。